問題用紙付き!文治政治確認問題・初級編【日本史】

文治政治確認問題・初級編 問題

解答&解説

Ⅰ.

第4代将軍徳川家綱から第7代将軍徳川家継までの時代では文治政治が行われています。

第4代将軍家綱の時代には(①保科正之)や酒井忠清が主導して(②末期養子)の禁止を緩和したり、殉死を禁止するなどの政策を行い、武断政治から文治政治への転換を図っています。

また、1657年に起きた(③明暦の大火)を受けて江戸に定火消を設置したり、諸宗寺院法度をはじめとした法令を制定したりなど色々な社会体制の整備も行われています。

第5代将軍の徳川(④綱吉)の時代には大老の堀田正俊、彼の死後は側用人の(⑤柳沢吉保)が補佐をしていましたが、正俊の死後は(④)の独断政治が目立つようになります。

独断政治の象徴として有名なのは動物愛護やかぶき者の取締りを目的に制定された(⑥生類憐みの令)です。

第6代将軍家宣と第7代将軍家継の在職期間中には儒学者の(⑦新井白石)や側用人の間部詮房を中心として政策が進められ、(⑥)の廃止や(⑧正徳)小判の発行など(④)の政治を修正する政策が多く行われており、この期間を(⑧)の治と言います。

Ⅱ.

ⓐの文章の由井(比)正 雪の乱(慶安の変)は承応事件(承応の変)と合わせて江戸幕府が武断政治から文治政治へと方針転換するきっかけとなった事件であるため正しいです。
一方ⓑの文章の分地制限令は第4代将軍家綱の時代に制定された法令であり、分割相続による耕地の細分化を防ぐことが目的ですので、誤りです。
正しくは海舶互市新例であり、正徳の治で新井白石主導で出された法令です。

まとめ

今回は文治政治で最低限押さえておきたい用語を中心に出題しました。

覚える用語も難しく人物名も多いですが、因果関係を押さえて一つずつ知識を整理していきましょう!

そのためにはこまめな復習も大事ですので、また時間を空けて挑戦してみるのもオススメです!

それでは今回もお疲れさまでした!

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